無題

実行や行動や決断や継続等々、それらが出来る人は純粋に凄いなと思う。どれも私にはないものだから。

重い腰を起こし気力を振り絞っても、無い頭を捻ろうとするばかりで空回り以前の問題である。

絵を描く、写真を撮る、文字を書く、音楽を役者を会社や事業や勉学や物作り。ありとあらゆる世の事柄。どうしてそれが出来るのかどうしてそれらが回るのか不思議に思うこともある。私には何もなくて何もできないから。

 

会社を辞めて1年と4ヶ月が経った、感覚的には3年ほど経った気がするが。

家は洗濯と寝るだけと化していた生活と比べれば格段と考える時間が増えたとは思う。

いなくてもいい人間だったなと思うことが増えた。

無題

ドラッグストアが好きだ。

用があってもなくてもついで感覚だったりでなんだかんだ週に1回は必ず行く。

ドラッグストアの何が好きかと問われると回答に困るが、なんとなくあの雰囲気と品々としか答えようがない。自分の語彙力のなさにはほとほと呆れ果てる。

 

その日も用事があったついでにドラッグストアに寄った。

店内に入りカゴを手に取る。部屋と車の消臭剤とチョコレートをカゴの中に入れレジに向かう。そういえばミルクティーの残りが少なかったなと思い、レジに向かう足をドリンクコーナーへ向けミルクティーも数本カゴの中に入れる。改めてレジへ向かう。

店内に2つあるレジのうち1つは閉まっており、もう1つのレジでは一人の男性がちょうどタバコを注文していた時だった。まだお会計が始まったばかりだが、見る限りタバコ1箱のようですぐ終わるだろうと思いながら3歩分ほど空けて客の男性の後ろに並んだ。

すぐに男性の怒鳴り声が聞こえた。

どうやらレジを担当している男性は、客の男性の注文したタバコがわからないらしい。

レジの男性はタバコを番号でしか認識できないらしく、客の男性はタバコの銘柄とタール数で注文したようだった。

レジの男性を怒鳴りながら言えば分かるだろそれじゃないそっちのほうだと言いながらも、お目当ての銘柄を注文できたみたいだ。

レジの男性がバーコードを読み取り値段を言うと、客の男性は着ていたジャケットのポケットから小銭を取り出した。

1円と10円しか持っていないから全部数えろと客の男性は怒鳴りながら言った。

レジには小銭を入れるだけで自動で金額を算出してくれるカウンタが備えられているが、それを当てにしたのだろうか。離れていても小銭の音がジャラジャラと聞こえてくる。

ポケットのどこに小銭がそんなにもしまえるのだろうかと思うほどの音がしたが、実際にはそこまでではなかったのかもしれない。

何秒経ったか何十秒経ったかわからないが、もしかするとコンマ0秒の世界だったかもしれない。客の男性が私の方を見てにっこりと笑顔で「にいちゃん、待たせてすまんな」と猫なで声で言った。

何秒後かには先ほどまでと変わらない怒鳴り声で次の客がいるんだから早くしろと言っていた。

いつの間にか閉まっていたレジが開いていたようで、店員の女性から次のお会計の方どうぞと案内されていた。

私は客の男性にもレジの男性にもただの一言もかけられないまま私自身のお会計を済ませた。

退店するときにせめてと思ったが、先ほどのレジの男性はもう次の客のお会計をしており、さらに2つのレジには列が並んでいた。私は何もできず何も言えず、何もせず何も言わず黙って退店した。

 

車の中で会社員時代の事を思い出した。

会社員になって数年経ち部署が変わった私の教育係についた人が、私はとても苦手だった。

お前はああいう高圧的な人は初めてか?初めてでもそうじゃなくても社会にはああいう人はいるから、あの人の言うことは鵜呑みにしなくてもいいからこれも経験だと思って慣れておけ。

上司からはしばしばそういうことを言われていた。

私自身そこまで社会経験があるとは胸を張って言えるわけでもない、高圧的な人とは確かに度々接してきたしある程度慣れているという自負もあったが慣れているのと苦手なのとはやはり話は別であって、私は高圧的な人は苦手だった。

会社に行くたび、もちろん頭ではこうした人達は一定数いるとわかっていてもどうしても私自身の感情が頭についていかずに悩んでいた。何故こうした人達がいるのだろうと、頭ではわかっていてもわかったつもりにしかならなかった。

世の中には色々な人がいる。性格にしろ何にしろ、様々な人達がいる。

頭の中ではわかってはいてもそれでも私はやはり高圧的であったり自己中心的であったり凡そそうである人達が苦手で、どうしてこうした人達がいるのだろうとしか思えなかった。

こうした人達がいなければ、きっとずっともっと様々な人が少しでも生きやすくなったりするのではないだろうかなどと夢想することもある。

しかしそれは私の、一個人である私自身の、高圧的であったり自己中心的であったりする人達に対しての苦手意識や嫌悪感からくるものでしかない。

結局は私自身も自己中心的なのだと自覚し自嘲するしかなく、こうした人達もいるという事を諦めと自己嫌悪にも近い感情で認めるしかないのだと毎度毎度思わされる。

 

あの時レジを担当していた男性が少しでも気持ちよく働けていたらと思う事しかできず、あの時に何もせず何も言わなかった私自身を恥に思う。

 

無題

体が大きくなろうが歳を重ねようが頭の中はずっと子供のままだと思う。

自分の年齢や生き方を考える度、周りの目も付随して考える。

他人はどう思うだろう。落ち着けだとか貢献しろだとかそんなことだろうか。自分の浅はかな頭ではあまり思いつかなかったな。

全く興味がない。私が興味を抱くのはいつだって私自身だ。他人がどうこうなど知ったことではない。

私は多くの他人で形成されている。私の中に多くの他人が存在している。

私の中に様々な他人の受け売りがあり様々な他人の好き嫌いがあり様々な他人の言葉があり様々な他人の考え方があり様々な他人の生き方がある。

だがあくまで私は私であって、多くの他人が私の中に存在してはいるものの私はその他人の誰一人にもになれない。

私は私として生きるだけであって、他人の頭や体を拝借しているわけでもないのだから私が私として生きることに私自身がどれほどの不服を申し立てるというのだろう?

これも様々な他人のうちの誰かからの受け売りなのかもしれない。しかしそこで取捨選択をするのは紛れもなく私自身の意思であり、もしも彼であったなら彼女であったならと思いはすれどもそれすらも選択するのは私自身の意思だ。

私は常に誰かの好きであり嫌いでありどうでもいいであり続ける。それだけだ。

 

こんなことを恐らく中学生ぐらいから考えて、今も全く変わっていないあたり私の底の浅さが知れるというものだが。

人の目を気にすると、疲れる。私は疲れた。

そうか、どうやら私は疲れているらしい。

 

 

Drudkh - Forgotten Legends

を聞きながら。

無題

子供の頃の記憶で一番古いのは確か2歳の頃でフェリーに乗った記憶だった。

24年前の1月17日の記憶は、お父さんお父さんと私が泣き母が水が出ないと騒いでいたくらいしかない。

地震が起こった瞬間、眠っていた父はいち早く目覚め、次いで目覚めた母と子供の私を布団で覆ったらしい。私は揺れにもビクともせず眠っていたらしい。

家の中はタンスや食器棚やテレビ等々、ありとあらゆるものが床でおねんね状態で足の踏み場もなかったそうだ。

父はその後地元の消防活動へ駆り出され母は家の状況を確認するためガスや水の状態を確認し、そして今日へと至る。

覚えている事もあまりなければ特に多くを語ることもない。

ただ、誰かが亡くなっても何かが起こっても世の中はまわるし今日は今日の風が吹く。

雲も星も月も太陽も風も、気がついたらどこかへいっている。

もう24年も経った。

 

 

Mono - Hymn To The Immortal Wind

を聞きながら。

無題

ただの思い出話。

先日、友人と食事をしていて音楽の話をした。

私達にとっての音楽とはなんだろう、と。

 

私の両親はサブカルチャー的な物に対しては、何にも興味がない人達だった。少なくとも、子供の頃の私にとってはそう見えた。

周囲で何が流行っているかがわからない。テレビは見るが好きな番組は特にない。好きな場所もない。

正直、周囲の人とは何も馴染めなかった。

例えば、今は音楽の話なので音楽に的を絞るが、音楽に関しても母親が友人から当時の流行っている音楽をカセットテープにダビングしてもらいそれを聞く。

父親も同じで、父親の車の中ではコナンの主題歌しか流れなかった思い出しかない。

 

中学にあがった時、個人で英語塾をやっている先生の家で先生から「息子が置いていったものだからあげる」とRolling StonesのCDアルバムを1枚もらった。Bridges To Babylonというアルバムだ。

初めての洋楽だった。歌詞カードを見ても何もわからない。ただ、聞いてて思ったのは純粋にかっこいいということだけだった。

周りではスピッツだとかポルノグラフィティだとかの話がされる中、私はこれっぽっちもついていけなかった。試しに聞いても何も良いとも思えなかった。単に気持ち悪かったとも形容されるそれは、私には到底理解できないものだった。

周囲に合わせていればよかったのだろうと思う。あわよくば、そのような感性も持ち合わせていればよかったのだろうとも思う。

生憎、ガキの頃の時分では、しかし今でもそれは頑なに拒否してしまうのに十分すぎた。

自分の理解できない物が人に受け入れられ、なおかつそれが大多数。完全に弾かれた人生の出来上がりだ。

 

高校にあがった時に出来た友人から「ロック好き?」と聞かれた時は舞い上がった。

言い訳にもならないが所詮は田舎の学校、全校生徒合わせても300人程度の高校で似た趣味の人と巡り会えたのは奇跡にも近かった。それほどに、舞い上がった。

今まで全く話が合わなかったのがようやくここで終わるのだと、自転車を漕ぎながら心が弾み小躍りした。今でもあの瞬間はよく覚えている。小躍りはしていなかった。

その友人と話をする内に奨められたバンドはDir en greyだった。

私の事を知っている人は察しがつくと思うが、ここで完全に人生が詰んだ。

家に帰ってから調べて度肝を抜かれた。

今まで聞いたことがなかった過激な音楽だった。何を歌っているのかも分からなかった。

ただ、自分にとってはここが安寧なのだなと薄ら思った。

そこからは雪崩のような勢いだった。

もっと過激な音楽はないかと調べ、ヘヴィメタルに辿り着いた。そしてのめり込んだ。

周囲との隔絶は進む一方だった。それでものめり込んだ。

何を歌っているのかもわからない。故に共感も何もない。

それが心地好かった。

歌を聞くのではなくギターやベースやドラムやキーボードやボーカル、全てを統一して聞くのがよかった。

試しに訳したこともあったが、鼻で笑ってしまうぐらい下らないことばかりで歌詞に共感もなにもなかった。尚のこと良かった。

リズムもメロディも破滅的で支離滅裂なものもあった。これを売る、という魂胆がたまらなく面白くて良かった。

ラジオから流れるようなザラザラと全く輪郭の掴めない、かつ耳に悪そうな音を出しているものもあった。朝靄に包まれているようで、海に抱かれているようで、とても心地好かった。

絶叫や悲鳴をあげギターのメロディもひたすら暗いのに、なぜか安心感があるのが良かった。

自然や宇宙の美しさ恐ろしさを感じさせてくれるものもあった。

 

周囲とは完全に壁を作った。否、壁を作られた。私は私自身を周囲から隔絶し、同時に周囲も私を隔絶した。

今は音楽に的を絞っているがそれ以外の一切合切、なにを提示されてもなにを試しても、彼ら彼女らの有象無象が理解できなかった。今話している話とは別のなにかの話をしているのかとすら思えた。理解も共感も何一つできなかった。

より一層、反動で音楽にのめり込んだ。

イヤホンを、ヘッドホンをつけてCDをプレイヤーに入れ再生ボタンを押せばそこだけは自分の楽園だった。

周囲からは一切の理解も得られない、自分にだけしか理解の及ばない楽園だった。

初めて私自身が普通ではないことに感謝した。

 

 

早い話が、周囲に馴染めずかつコミュニケーション能力にも難のあるクソガキが拗らせた頭をさらに拗らせただけだ。

友人は笑いながら「なんだ、ただの気持ち悪いやつだな」と言いビールを煽っていた。私も同じ事を思った。

 

 

Paysage d'Hiver - Paysage d'Hiver

を聞きながら。

無題

気がついたら年が明けていた。

昔から年が明けた(明ける)という実感があまりなかった。

境目がとても曖昧で、夜が続いたままで年が明けるというのも不思議に思っていた。

気付けば朝は夜になって夜は朝になる。陽はまた昇る。

気付けば歳をとっているし体も大きくなっている。

夕焼けのグラデーションのようだったり空と海の境目のようだったりとても曖昧でとても曖昧で、だから年が明けるというのが不思議だった。

Happy New Year、明けましておめでとう、とは言うもののあまりHappyやおめでたい実感がないのは私だけだろうか。

 

今年もよろしくお願い致します。

不思議なままで言う言葉にどれだけの意味があるのかはわからないが、そのままでも良いと思った。

不思議なままで生きて死ぬ。人生は不思議な事だらけだからやめられない。

以前の私なら絶対に発さない言葉だな、と書いていて思った。私も気がついたら変わっていた。

これだから人生は楽しくて、本当にやめられない。

 

 

Ulvesang - The Hunt

を聞きながら。

 

無題

湯船に浸かって寝る日が多くなった。

勤め人になると同時に一人暮らしを始めるようになってからはシャワーのみになったので、ここ数年はなかったが、学生の頃は冬になるとよく湯船に浸かって寝ていた。お酒を飲んで湯船で寝る日もあった。

睡眠には体力もいると言う。若い時分は体力もあったせいか、湯船で寝ると4時間は寝てしまう。当然、熱かった湯も冷めきっておりセルフ水風呂の完成だ。夜中、丑三つ時に追い焚きをする姿はさぞ間抜けだったろう。

今となってはせいぜい20分程度しか寝ない。そもそも風呂で寝るなという話ではあるが。

 

なんとなく、でやらなかった事が多すぎる人生だなと今更ながらに思う。

人付き合い、学業、趣味、遊び。取り上げればキリが無い。

だから私には、本当に何もない。中身が無いというのもあるが、人としての、そういうおよそ一般人が持ち得るであろうものが一切無い。

ただの物欲の塊と我の強さと肉と糞だけが残った、ただの袋でしかないなと思う。

 

家族の団欒というものが別段苦手というわけではないが、食事を終えるとさっさと自室へ戻ってしまう癖がある。

苦手というわけではないと書いたが、どちらかというと好きだ。とても好きだ。

食事をして会話をしてテレビを見て、そんな家族の団欒がとても好きだ。

しかしなぜか、なんとなく、自分の食事を終えると私は自室へと戻る。そうして意味も無く閉じ籠もり、ひたすらにぼうっとする。物思いに耽るわけでもなく、ただひたすらにぼうっとする。

いつまでも私は変わらずにこのまま、なんとなくしないという事をし続けるのだろうな。

ふと、自分自身にまだ諦めがついていなかったことに気付いた。

まだ間に合うだろうって?それはどうだろうね。

 

 

The Womb - Deception Through Your Lies

を聞きながら。